日々のほとばしりから市井の美味そして旅のしおりまで
2017年3月20日 11時20分
冬の山には道がない。雪で真っ白だ。だからどこを歩いてもいい。
とはいえ実際は、雪に残っている誰かの足跡をたどることになる。その誰かを追うように、足元を見ながらひたすら進む。誰かの右足に右足を重ねて、次は左足の番だ。雪を踏みしめる音に、内耳に響く自分の呼吸が合ってくる心地よさ。単調な行為に変拍子がうまれて、静かに心が高揚してきたあたりで、道というもののありがたさがこみあげてくる。
道は、人類の営為の集積だ。誰かの足跡が踏み固められて、それはくぼみになり、そして道になる。もし道がなければ、僕らはどこかへ移動する度に誰かの足跡を探すことになる。それは手間だ。僕らに簡便を与えてくれる道は、誰かから渡されたバトンであり、自分の足跡は次へとつながっているのだ。
さらには「道」という言葉自体についても考えてみる。道は、その価値が認められて「道」という総称を得たのだから、「道」が生まれたのは「足」よりも後だが「車」よりも先に違いない。それでは「道」と「街」ではどちらが先か。ところで漢字の「道」は「人生」の類語だが、英語の「Road」もそうなのかどうなんだ。
そんな思考の遊びを楽みながら、黙々と登る。いつもであれば、思いつく疑問はスマートフォンで検索してすぐに解決してしまうけど、登っている時はそれができないから、疑問が疑問を呼んで思考が渦をまきつづける。冬の山はいい。
夏の山はこうはいかない。その時分に山に居る人が多いから、なにかと社会性を求められる。列をなして移動することが当たり前であり、行き違う誰かに挨拶を求められるのはまだしも、見知らぬマニアが話かけてくる声高さに付き合うのは、僕は遠慮したい。
先日は、雪降る空模様のなか青森は岩木山へ向かった。2月に初めて岩木山に踏み入れ、その時は装備の不備で道半ばで引き返した。あの静けさに惚れて今回は2回目の挑戦になる。おおよその行程を頭に入れて嶽温泉の駐車場奥から入る。
2月の時は一つしか足跡がなかったが、今回は四つほどの足跡があった。スノーシューを装備して歩きはじめる。
歩行と思考に没頭して2.5時間あまり、森林限界を超えて吹雪くホワイトアウトへ突入。前も後ろもいつのまにか真っ白で「しまったな」と思いながら、足元にうっすらと残る誰かのワカンの跡をたよりに、ペースを落として先に進む。ふっとあらわれた建物の影にほっとする。そこは8合目のロープウェー駅だった。
人の気配はまったくない。山に入ってから誰ともすれ違っていない。先への足跡はどこにもない。どうするか、ともあれ先に進んでみる。見事なつららをたずさえたロープウェイのワイヤーを頼りに、登りはじめる。道がないから、このルートが正しいのかどうかはわからない。あたりはずっと真っ白だ。
傾斜がきつくなるにつれて、さらさらに積もった雪にスノーシューの歯が刺さらなくなってくる。斜面へ蹴りこんで押し込んでみるも、上滑りするだけで次の一歩が踏み出せない。どうするか。アイゼンにはきかえて先に進む選択肢もある。行きは良い良い、怖いのは帰り。このまま登り続けることはできるけど、どこかで帰れなくなるのではないか。潮時を感じてこれ以上の登りを断念、下山をはじめることにする。
ワイヤーをつかみながらそろりそろりと8合目までは戻ったものの、その先の視界はほぼゼロ。あたりは全く見えない。想定外だったのは、登ってきた自分の足跡までもが消えていたことだった。焦点があわず、どのくらい先が見えているのかもわからない。足元にみえる、風に吹かれてうっすらできた雪の紋様を凝視しながら、斜面に任せておそるおそる降りていく。
そして突然、一歩先が見えなくなった。そこにあるはずの雪の紋様がない。ここはへりだ。この一歩を踏み出していたらと思うと、腰がくだけた。身がすくんで動けなくなるって本当にある。
恐怖は自分の中から沸き起こるもの、状況とは関係ないんだと言い聞かせる。深呼吸して後ろを振りかえる。ここまでの足跡がまだあることを観ると、不思議と気が落ち着いてくる。来た道を登り直しながら、直感で進んでいく。そしていつのまにかルートに戻れたのは運が良かったんだと思います。
写真は、翌日の岩木山。津軽富士の呼称に相応しい雄大な裾野。この快晴が羨ましい。懲りずにまた行きます。
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