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グラブロ|GRINDER-MAN代表 タグチヒトシのブログ

ワークショップ、オーディション受講のみなさんへ

2010年10月23日

先週16〜17日に、神戸アートビレッジセンターにて、2日間の「MUSTANG WORKSHOP/AUDITION」を行いました。

受講された皆さま、この度のご参加まことにありがとうございました。僕も色々な背景を持つ方々と知り合うのは、純粋に楽しい。それも身体だけの関係で(って書くと変だけど)。

ws201010

今回は、ワークショップ、オーディション共々、内容はほとんど変えていません。事前に内容を吟味した際に、ワークショップは対象が一般と謳っているのだから「カラダを動かすって楽しいね!」といった、ゲーム性が高い内容が良いのではという案もあったのです。

ですが、グラインダーマンが目標とかかげる表現の片鱗が伝わる非日常体験こそが第一だと思い直し、「にこやかに身体にプレッシャーをかける」ことにしました。普段身体を動かしていない方にはキツかったかもしれません。翌日の筋肉痛とか痣とかも含めて。

ある程度カラダを行使していくと、自分の身体であるのにもかかわらず「言う事を利かない」もどかしさが生まれます。それを味わいつつ、ハコ(ゴーヘッド)をカタパルトに他者とのコンタクトを計っていく。もどかしさを隠したり、カッコつけたり、考えすぎたりせずに、眼の前のそれに乗っかっていく。

言い換えると、客観性を持つが故に制限されてしまっている自己を開いて、ある程度決めた「動きの型」を使って他者と同じ時間、空間を生成する。それって楽しくないわけが無い。

その楽しみは、およそ誰もが無意識に知っていることで、誰かと共生する充足感こそ、イデオロギーなんかより上部に位置する、ヒトがヒト足り得る気質みたいなものだと思っています。

初日のワークショップでは、3年前に京都でのワークショップで出会った「カワサキブラック」さんが参加。カワサキブラック、なんて書くと岩城滉一のZ2かよと、とんでもないあだ名ですね。
当時は大学1年生だった彼女も今は4年生。来年は就職が決まっているとか。おめでとう、久しぶりはなんだか嬉しかったよ。

workshop_01

オーディションのほうはというと、近畿地方のみならず、広くは愛媛、東京まで幅広い地域から10名の参加者がありました。本日、神戸アートビレッジセンターに結果をお伝えしました。近日中に結果がお手元に届くと思います。アンケートに「理由を教えてほしい」とのご要望をうけたまりました方々にはコメントも送りました。

さてここで、どういった基準でオーディションメンバーの選出にあたったかを述べますね。

来年2月に公演する作品では、とあるシーンにおいて観客エリアへ入っていきます。これはなにもイメージではなく、本当に(物理的に)観客の間へ分け入ります。

その時、我々出演者側になにが起きるかというと、それまで観客というぼんやりとした存在だったものが、私と誰か(観客という一個人)という閉じた関係の連続に変わります。というか、そうゆう関係に私が「変える」のですけど、これね、度胸だけじゃどうにもならないんです。ややもすると、その「度胸」が、稽古ではありえなかった状態を作り出してしまう。例えば、喜怒哀楽を表現し始めたり、おかしさを誘うような幼児化だったり。

観客エリアに入っていく事自体、いくら事前に観客に了承を受けているからとはいえ、やはり未知数。僕はこれまでの経験をふまえて、これは出来ないけどここまでは出来るであろう、といった想定で内容を構築します。とはいっても、やはり本番にならないと分からない。フタを開けてみて、ああやっぱり難しかったね、とかあります。実際のところ。

それは出演者にも同じく言えることで、稽古では観客が居りませんので、こうかもそうかもと想定の上で進めていきます。やはり幕が開かないとわからない。その通りには行かない場合もある。そのためでしょう、練習ではああで落ち着いていたのに、本番ではなぜかこうなっちゃった、という場面がこれまで無きにしもあらず、でした。

では、どう裏打ちしておくか。その「度胸」をどう転嫁するのか。

近年たどり着いたのは、そんな閉じた関係であっても、どれだけ中性的でありつづけられるかどうか。「度胸」という瞬発力に逃げない、身体で語り抜けられることを恐れない。身体だけでやり通せると信じる、明朗闊達な身体スキルが必要なようだ、と考えています。

今回はご希望に添えなかった方々、よろしければ是非とも公演をご覧頂ければと思います。なるほど、タグチが言っていたことってこうゆうことかしらんと、一回で二味楽しめること請け合います。